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筋肉ドクターの気まぐれ日記

Killing Timeに日記を書き候
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05.21.09:35

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  • 05/21/09:35

04.02.19:53

異常な生活

運動を勧めると、私は運動が嫌いなんで、苦手なんでと拒否する人がいる。

こういう人はきっと運動と言うと、誰かに勝つためにやるとか、苦痛を伴う異常なことをさせられると思っているのだろう。

しかし、動物としての歴史から考えれば、人間がほとんど動かず3食食べられてそんなに死ぬ機会もないっていう現代生活の方が異常なわけだ。

医学的な検査で平均値+/-2SDの基準範囲とされる値が異常といった検査がある。
骨粗鬆症なんてそうだ。女性の骨塩の表みれば分かるように、平均値が80歳超えると異常、病気ってことになっている。要するに普通は病気。普通は健康じゃないわけ。
高コレステロール血症なんかも普通が病気みたいですね。

これって平均的日本人の正常範囲が異常ってことだ。
これはおそらく、異常な生活を大多数の日本人がしていることに起因しているのではないだろうか?

だから、健康に人生を全うしたかったら、日本人の平均的な生活は異常なので、日本人が普通と思わない生活を普通にしなければならないということだ。

日本人の平均は健康じゃなく病気なんです。

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03.26.10:29

時間で考える動的健康

人間をもっとも長い時間軸で見ようと思うと、一生で見ないといけません。
一番短い時間軸で見ようと思うと、今だけ見といたらいい。

で、健康を評価しようと思うと、生活習慣病などと言われて久しいわけですから、習慣を時間の流れから判断しないといけないと思うんですよね。

一番短い時間軸の評価が、検診やドックってやつですよね。
今、どうなのか。

でも、明日病気になるかもしれない人も、今はまだ大丈夫なのかもしれない。
ただ、そこに至る現在までの生活習慣をできるだけ長い時間軸で評価しないと、本当に現在の健康状態を評価できないと思うんだな。
私は、生活調査の方が検診で今大丈夫かより重要な気がするんだな。

毎日飲んだくれて寝てる人が、現在健診で正常値だとか、全く運動しないって女性が、今骨塩定量で骨粗鬆症でないって評価に全く意味が無いと思ったりします。

で、人生一生という長さで健康を評価しようと思うと、それは自分以外に不可能です。
誰も、自分の人生一生を見てくれません。

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03.20.10:20

子供の二極化

現在の学生の運動状況は二極化しているらしい。
運動する子は故障寸前までやり過ぎていて、運動しない子は全くしない。

「うちの子が運動していて、体力を回復するマッサージはやってますか?」と聞かれました。

やり過ぎは、程良くやる以外に回復する方法は無いですし、マッサージでオーバーワークは改善しないと説明させてもらいました。

親として心配なのは分かりますが、なんでもっと単純に考えられないのかな?
本当に疲労してるのをマッサージしたところで、無理矢理やらせてたら故障するだけですよね。

スポーツ指導者にもその辺単純に考えて欲しいね。勝つことばかりじゃなくて。
子供の体力をつけるとか、人格形成するとか、そっちを目的にしないとね。

どうせ一番になる子なんて世界に一人しかいないんだから。チームスポーツでも1チームだけだし。
その一人、1チーム以外が脱落した怪我人だらけじゃ指導者の意味ないよね。

将来の大人が運動による故障者と運動不足でろくに動けない人ばかりになりまっせ。

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03.14.10:40

諸行無常

よく、人生を変える、人生が変わる○○とかがあるが、基本的に諸行無常なわけで、ほっといても変わっていくんですよね。
変わらないなんてあり得ないわけです。

矛盾するのがホメオスタシス(恒常性)という概念。

これを信じているから、何もしなければ何も変わらないはずと思っている人が、何もしていないのにどこどこが痛くなった、動かなくなってきたと驚くわけです。

で、私は不運な人間で手術しなければならないとか言うわけです。
本当は自業自得かも。

しかし、人生は変わり続ける。何もしない人生はそれで良いように変わり続ける。
ずっと変わらないなんてあり得ないと思うわけです。

どうせ変わるならどう変えるか。
それを意識して生きていかないと、安定が一番などと希望どおりに変わらないのを他人のせいにすることになるのかも。

こう思っている私がマイノリティなのが不思議。



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01.29.00:37

美しき現代女性の宿命

我々人間にとって20歳で成人した後、徐々に加齢変化とともに老化し機能低下しながら
死へ向かうという運命にある。

これは我々人間にとっては当たり前だが、生物界全体にとっては非常に珍しいことらしい。
通常、生物は死ぬまで成長するようにできていることが多いとのこと。
鳥類と哺乳類に特異的な変化らしい。
確かに、ヨボヨボの魚や爬虫類を見たことは無い。もちろん、死にそうなのはいるが、それまでに徐々に機能低下しているようには見えない。

鳥類、哺乳類に生まれたが故の宿命である。

また、人間にとって女性は50歳くらいで閉経し生殖能力が無くなることが当たり前だが、実はこれも非常に生物界にとっては珍しいことらしい。
まだ男性は一応死ぬまで生殖能力がもつようだが。

人間の女性に生まれた宿命である。

整形外科医として多くの患者さんを診てきた経験から言えることは、人間女性は現代社会の日常生活動作のみの運動では、死ぬまで筋力ももたない。もちろん、良い素質を持っている死ぬまで体力のある女性もいるが、男性に比べて著しく衰える。

しかし、日本女性の古来の所作はある意味女性の体力維持に良いように出来ていたような気がする。
和式便所ももちろんだが、入室一つもとっても、まず扉の前で正座し扉を開き、立ち上がり入室し、また正座し扉を閉め、そして立ち上がって更に部屋の中に入る。
外出から帰る時も履物を脱いで玄関を上がり、下に置いてある靴を座って手を伸ばして向きを替え、そして立ち上がり入るという、スクワットしまくりの生活だ。

そういう生活を捨て欧米化した現代、残念ながら日本女性の晩年は多くが寝たきりになる。
万物の霊長としての人間、しかも、その中でも男を使い、生物界、世界の頂点にいる?人間女性に生まれたが故に、そのような宿命を背負っているのかも。

そういう美しくあるべき人間女性を救う方法をたまたま発見した私ですが、まだまだ美しい女性に伝えきれていない。

万物の霊長の頂点、美しき女性を救っていきたいと思う次第でございます。

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09.11.12:34

何を目指す?

よく、筋トレしている人を見て、「何を目指しているの?」と聞いたりする人がいる。
私も時々聞かれる。

私はとりあえず、健康に生きるためにやっているだけだが、逆に、その人に聞きたい。
「何を目指して筋トレをやらないのか?」

筋トレをしなければ、筋力は加齢変化とともに確実に弱る。
筋力が弱ると筋肉が小さくなり、体型も老人らしくなっていく。
元々筋力の弱い女性などは骨粗鬆症、骨折、寝たきりのリスクも格段に上がる。

やらない人は、折角生まれた人生で何を目指しているの?

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02.15.23:06

変身

最近書いている「ストレスは健康のもと」にも書いているが、動物は動的平衡を保ち代謝回転しながら適応し続けるわけです。

だから、スポーツ選手はそのスポーツに適応するように身体は変形するし、安静にすれば廃用変化するわけです。

じゃあ、筋トレしている人は、筋肉が大きくなるのは異常なのだろうか?


どうも、スポーツ医学をしている人は、ホメオスタシス、線形思考派の方が多く、左右のバランスが悪いだの、姿勢が悪いだの、動きが硬いだの、変身=悪というロジックが目立つ。

筋肉が肥大した人間は、変身=悪とでも考えているんでしょうね。
かと言って、歳相応に老化するのも異常。

要するに20歳からホメオスタシスで変わらない妖怪みたいな人が正常だと言いたいのだろう。

仮面ライダーの変身は私は異常だと思うが、元気で健康な人が入っている仮面ライダーは意外に正常と考えそうな医師が多い気がする。


人間、環境に合わせてある程度変身するものだと思う私にとって、納得しかねるロジック(屁理屈)だ。


まあ、患者さんと話していてもこういう考えの人が多いので、そっちが多数派なんでしょうね。
絶対おかしいよ。

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07.22.10:09

電車で老人には席を譲ろう!!

昨日はエネカンへお邪魔しておりましたが、楽しい科学実験もあり、京都大学名誉教授のような方が多数集まるハイソサエティなサロンって感じです。

そこで、多少筋肉ドクターな話を僭越ながらさせて頂いたりもしておりますが、やはり、ハイソな方は道理の理解力が違う。早速私の言うスクワットを実践されているシャキッとした方もおられます。

で、昨日新宮先生が関西大学で講義されていて、例の筋肉ドクターの件がある「倹約と幸福」の八王子高校で出された試験問題を大学院でやらせてみたという話を聞いた。

すると生徒から筋肉ドクターの話によると、お年寄りに電車で席を譲らない方が良いということか?という質問が出たらしい。
ですので、私の思うところをお話しましょう。

まず、あの優先座席は誰が決めているか?電鉄会社です。電鉄会社は何故優先席を作ったか?
そりゃあ、転倒しやすい人、転倒して問題が起こりそうな人が電車の揺れで点灯された場合、その問題の矛先は電鉄会社へ向かいます。電鉄会社に転倒させられたからこんなことになってしまったと。

ですので、電鉄会社のリスクマネジメントという側面がまず大きくあります。

その転倒しやすい、転倒したことで問題になりやすい、足腰の弱った人、怪我した人、妊婦などの健康を気遣って言っている側面は少ないと。私が何度も言いますように、安静は危険な行為であり、足腰が弱った人、怪我した人、妊婦などは循環障害を起こしやすく、席に座ったことで血栓症のリスクが上がるのは長時間になれば当然だ。それで肺梗塞、心筋梗塞、脳梗塞などを起こして命を落とそうが流産しようが、それは病気で起こったと現実を知らない小人は思うので電鉄会社のせいとはならないだろう。
そんなこと電鉄会社の知ったことじゃないということです。

では、安静の害が大きい人に席を譲らないのが親切か?それはやはり、転倒リスクが高い人ではあるので、わざわざ危険な状態に立たせるのは道徳的によろしく無い。要するにそういう人は揺れる中で座ろうが立とうがリスクが高いということだ。

では、どうすることが真の意味で親切か?
座ろうが立とうがリスクの無い人になってもらうことが一番の親切だろう。

要するに転倒リスクの高い方がおられたら、その人が座ることで健康を害するリスクがあることも知りながら、立っていても転倒するリスクがある可哀想な方なので、可哀想な目で憐れみながら、「座られますか?」と聞いて、その方が座ろうが立とうが、「気をつけて下さいね」とすっとスクワットのコピーを差し上げましょう。

そんな世の中、素敵やん!!

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