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筋肉ドクターの気まぐれ日記

Killing Timeに日記を書き候
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04.29.02:57

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  • 04/29/02:57

09.08.02:02

利に放(よ)りて行えば怨み多し

「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は始末に困るものなり。此の始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり」
と西郷隆盛に言わせた山岡鉄舟をカッコええな―と思ったりする私ですが、どうもこの「義」に生きるというのは難しいものだ。

どうしても「義」に生きようとすると、逆に「利」を意識してしまう気がする。
タイトルの論語の言葉も言うは易し、行うは難しなわけです。

「よーく考えよー、お金は大事だよ―」などと変な歌が頭に流れてしまう時点で「利」で生きている。
かと言って、お金で人に迷惑をかけることは「義」に反することである。
「義は利の本なり、利は義の和なり」とも言う。
義を尽くしても利が得られなくて不満なのは利に振り回されているが、逆にさして義を尽くしても無いのに利を得てラッキーって喜ぶのも利に振り回されていると言える。
「利」は「理」で処理して「情」を入れないってのが「義」に生きるということだろうか。

よく、プライベートで病気について相談されて、大した情報も無いくせに「ただで診てもらう気?」みたいな上から目線の医療従事者の書き込みをSNSで見たりするが、そう思っている人は完全に医は算術と思っているってことだろう。医療がビジネス化すると必ず質が落ちるのは売上の公式から明らかだ。こういう人からの情報は儲けるための情報でしか無いと思ったりする。俺ならこういう人に自分の健康を相談する価値は無いなと思ったりする。

かと言って、相談されている中で「詳しくは来ていただいたら診察しますよ」って言うことは利に振り回されず、義に叶っていると思う。

何せ日本人と雖も、現在ほぼ全員が利に生きているわけで、患者さんはほぼ利を求めて来る。利を得られないと思うと不満に思うものです。周り中がそういった中で「義」に生きるのは尚更難しい。
孔子なんて大昔と雖も中国ですから、正にそういった環境で人間の中にある善を信じて義に必死で生きた人だろう。

そんな偉人でも無い私は、個人事業主になってからこの辺の葛藤と闘う毎日だなと。

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