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筋肉ドクターの気まぐれ日記

Killing Timeに日記を書き候
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01.18.18:08

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  • 01/18/18:08

02.02.19:23

クリニックのホームページ

そう言えば、このブログで開院した整形外科クリニックのURLを発表していませんでした。

http://hisashi.jimdo.com/

です。

なかなか更新する内容もありませんが、良かったらご覧ください。

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01.29.12:20

反勝利至上主義

スポーツで勝敗を気になるファンも多いと思う。
しかし、スポーツの本質は勝敗ではなく、スポーツマンという人財を作るということで、スポーツを通して起こるドラマに価値がある。

商業スポーツのオリンピックなどは、勝敗によりメダルの色も変わり、国によってはその選手の経済状況、人生にも大きな影響がある。

もともと、あまりスポーツの勝敗に興味が無い性格である私ですが、スポーツマンシップを学んでから多少スポーツに興味はある。しかし、メディア情報は商業スポーツ的な話が多いなと。

プロでもない私がスポーツをやる時は、勝つこともあれば負けることもあるで良いわけです。
ただ、真剣に勝とうとする姿勢が重要なわけです。


そういった商業スポーツの影響か、筋トレでも他人と比較される方が結構おられる。
筋トレなんてボディビルやパワーリフティングでもやってなければ純粋に勝敗全く関係ありませんから、自分の身体に有益な運動としてだけやって頂ければ良いと思うのですが。


どうも、欧米の資本主義は結果主義的なところがスポーツでもビジネスでもある気がします。
しかし、根本的には自分がどうかっこよく気持ちよく生きるかが重要なわけですから、後ろめたいことして結果出すくらいなら正々堂々と負ければ良いと私は思うわけです。

所詮、スポーツも芸術も本来遊びですから。

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01.29.00:37

美しき現代女性の宿命

我々人間にとって20歳で成人した後、徐々に加齢変化とともに老化し機能低下しながら
死へ向かうという運命にある。

これは我々人間にとっては当たり前だが、生物界全体にとっては非常に珍しいことらしい。
通常、生物は死ぬまで成長するようにできていることが多いとのこと。
鳥類と哺乳類に特異的な変化らしい。
確かに、ヨボヨボの魚や爬虫類を見たことは無い。もちろん、死にそうなのはいるが、それまでに徐々に機能低下しているようには見えない。

鳥類、哺乳類に生まれたが故の宿命である。

また、人間にとって女性は50歳くらいで閉経し生殖能力が無くなることが当たり前だが、実はこれも非常に生物界にとっては珍しいことらしい。
まだ男性は一応死ぬまで生殖能力がもつようだが。

人間の女性に生まれた宿命である。

整形外科医として多くの患者さんを診てきた経験から言えることは、人間女性は現代社会の日常生活動作のみの運動では、死ぬまで筋力ももたない。もちろん、良い素質を持っている死ぬまで体力のある女性もいるが、男性に比べて著しく衰える。

しかし、日本女性の古来の所作はある意味女性の体力維持に良いように出来ていたような気がする。
和式便所ももちろんだが、入室一つもとっても、まず扉の前で正座し扉を開き、立ち上がり入室し、また正座し扉を閉め、そして立ち上がって更に部屋の中に入る。
外出から帰る時も履物を脱いで玄関を上がり、下に置いてある靴を座って手を伸ばして向きを替え、そして立ち上がり入るという、スクワットしまくりの生活だ。

そういう生活を捨て欧米化した現代、残念ながら日本女性の晩年は多くが寝たきりになる。
万物の霊長としての人間、しかも、その中でも男を使い、生物界、世界の頂点にいる?人間女性に生まれたが故に、そのような宿命を背負っているのかも。

そういう美しくあるべき人間女性を救う方法をたまたま発見した私ですが、まだまだ美しい女性に伝えきれていない。

万物の霊長の頂点、美しき女性を救っていきたいと思う次第でございます。

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01.26.09:47

世界一単純な筋トレ入門『キストレ』Keep It Simple

何度もやってきたこのセミナーですが、また開催することにしました。
高齢者や若者に運動処方、指導する立場にある人には特に理解してもらいたいものです。

日時:2月14日(土)15:00~17:00
場所:フィットネスジム・アイアンクリニック(近鉄伏見駅前)
参加費:3,000円

今回は実技あり。動ける格好、飲料水持参でご参加下さい。

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01.24.11:48

自分の心の問題解決ほどチョロいものは無い

心の問題というと、何か外から触れないブラックボックスが壊れていると思う人が多い気がする。

私の場合、石田先生の心の科学をベースに発展させてきたので、そういう不思議なものっていう感覚が無かったのが、考え方に良い影響があると思う。

そう、考え方一つが心の話ってのに気付いていない。


最近、96歳の祖母に年齢を聞くと、「確か200歳は超えてたと思うよ」とのこと。
これが本当なら、人類史上かなり稀な高齢であり世界中で大騒ぎされそうなのに、本人はそう思っているわけだ。
こういう思い違いをしている人を、高齢なら認知症とか言うんだろうけど、私も含めて誰しも多少の思い違いを持っている。
それは、まぎれもなく心の問題と言えるでしょう。


しかも、思い違いを修正できればまだ問題は軽いのですが、修正できない思い違いはより心の問題です。
人間頭が固いってのは、心の問題としては重症でしょうね。

前回のセミナーでも伝えましたが、自分の心の問題ほど簡単に自分で治せるものは無い。自分の考え方一つですから。

ただ、それだけだと思うのですが、皆さん難しく考えすぎでは?

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01.23.09:48

我が筋トレ人生を振り返る。

私は中学生の頃かと思うが、筋トレというものに衝撃を受けた。
その当時、外人タレントをしていたチャック・ウィルソンの本がその出会いだろうか?
自分の身体が運動の仕方如何によっては変わるという事実が凄いことだと思った。
切り貼りしたわけでもないのに、自分の身体が変わる。

しかし、How toはいろいろ手に入れたが、本質が見えなかった。ハードゲイナーだった私はいろいろ試行錯誤した。

そして、大学生の頃マイク・メンツァーやアーサー・ジョーンズの記事を読んでいて、本質が見えてきた。更に岡部充さんの記事や会話にヒントを得て、筋トレとはが知識から見識、胆識へと確固たるものに落とし込めたと思う。
実は単純で簡単な理屈だと思った。

そして、何の因果か整形外科医となり、医療界での筋トレの扱いの低さ、無知を知った。
小さな身体の変化一つ、デキモノやら骨が変形しているやら軟骨がすり減っているやら言いながら、他を破壊しながら必死で変えようと大金を使って頑張っている。
しかし、運動のやり方一つで安く身体全体に大きな変化を起こす方法があるのに、そちらは軽視。
筋トレすれば動けるようになると思えるのに、動けなくなっていく高齢者を多数見て来た。

そして、常勤医を辞めたのをきっかけに、多くの人々にそれを広める活動を始めた。
医療者の中でも柔道整復師の一部の方々に共感される方が出てきたが、自分の非常勤の臨床ではそういったことを出来ない悶々とした日々が続いた。

そして、今回やっと自分の思い通りのことができる開業をすることができた。オリジナルマシンによる健康管理として全身を筋トレするシステムも作り、利用者の皆様に良好な結果を得ることもできた。

まだまだ道半ばだが、これからどう動くか。何も難しいことはできない身体もしょぼい私だが、筋トレで幸せになる人を増やす活動をこれからも続けていきたいものだ。

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01.16.10:08

いろいろやりたい気持ちは分かるが

ジムへ行くと様々なマシンが置いてある。

よく分かっていない人は全部やろうとする。

私ももともと、学生時代ホームトレーニーだった頃、トレーニング本に書いてある全種目を全部一気にやろうとしたこともありました。

そのうち、より効果的なものはと、結局、種目とセットの組み方など、様々なものを模索することになりました。
しかし、キストレが分かってからは迷わなくなりました。

今までいろんなジムへ通いましたが、だいたい3分割で、置いてあるマシンの半分も使いませんでしたね。高強度なフリーウェイトと、高強度な運動ができるマシン少しで終了。

ジムへ通っている頃は、私より後に来て私より先に帰る人はいませんでしたね。

4分割まではやったことありますが、結局性に合わなくて、現在は2分割です。

で、私よりトレーニングをやりたくない人でも最低限効果がでるトレーニングとして、アイアンクリニックトレーニングシステムを作ったわけです。

現在の2分割でもやりにくく感じてきたら、私もやるかもしれないと思って作ったトレーニングです。

要するに、トレーニングは量じゃなくて強度だってことです。

いろんな種目でオーバーラップさせても逆にトレーニング効果が下がるというのが、HITでもキストレでも言えることです。

何故って?
HITではオーバーワークと言いますが、キストレではそう考えません。
簡単です。運動強度が下がるからです。

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01.10.01:11

10回病

トレーニングをしていると、どうも10回3セット神話の影響か、どうも「10」という数字に拘ってしまう傾向にある気がする。

ある重さで10回やると潰れるというのを繰り返している時、ふと更に重さを増やすと、重くしたにも関わらず、同じ10回出来たりすることがある。

私もそういうのを感じたことがありますし、人を指導していて感じることもある。

これを「10回病」と呼んでみました。

もちろん、6回病、8回病もありますが、トレーニングがマンネリ化している時など10回病のことが多い気がします。

もちろん、10回病かと思って増やしたら3回くらいしか出来なかったりするかもしれない。その時はまた、下げれば良いだけだ。

時々、○回病になっていないか、確認すると良いかもしれない。

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01.05.01:18

占医師(うらないし)

全くもって、医療的なストーリーでよく語られる「余命宣告」。

しかし、私が学生時代から医師になって今まで、余命宣告の仕方なんて聞いたことがない。

学生時代の教科書だって、この疾患の5年生存率は○%とかそういう言い方しか習っていない。

私は一応外科系ではあるが、整形外科という特殊な外科なので、人の死に目にはめったに出会わない科だ。
本当の外科ではもしかして、先輩先生からこういう時は余命×ヵ月とか言っとけとか、余命△年とか言っとけとか習うのかもしれないが、私の知る限りそういうことを教えてくれた先輩医師はいない。

大体、5年生存率が1%だとしても、1%は5年以上生きてしまうわけで、自分がその1%に入るとも限らない。

で、余命どころか何も言われていない健診で健康ってことになっている人が、翌日怪我に限らず何かの拍子に死ぬこともあるだろう。

人間なんて複雑系の塊みたいなもんだから、余命宣告なんて地震予知と同じで当たるわけがない。


ところが、余命3ヵ月と言われたのに2年生きて立派だとか、2年って言われていたのにもたずに3ヵ月で亡くなったなんてこともザラにある話だろうとは思うが、皆さんそれを信じてドラマにしたりする。まあ、人の生き死になんてのはドラマチックでドラマにしやすいネタなのかもしれない。


で、私がセミナーでよく言うネタですが、もし、そういうことを言う医者がいたとしたら、その余命宣告は前に「私が診た患者は」とか「私が診ると」という前置きがあるんじゃないかと。
5年生存率が文献的には80%だけど、自分の診た患者は3ヵ月で死んでるってことかもしれない。

もしくは、どこかで易でも習って占ったかのどちらかだろう。

可能な限りの客観的論理性を持って診療に当たろうと思っている医師ならば、せいぜい言えることは5年生存率が△%ですってくらいだろう。絶対に確率の話しか出来ないはずだ。


ということで、私がセミナーでよくいうネタ、あなたの余命は○ヵ月ですと言われたら、その言った人は科学的知見を持った医師ではなくて、占医師(うらないし)だと思えと。

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01.03.20:30

スポーツマンシップと武士道

年末に五輪書を読んでいて感じたのですが、スポーツマンシップと武士道の徹底的な違い。
というか、根本的に違うんだなと、今までも聞いてはいましたが、強く感じました。

スポーツというのはあくまでも、Play the game、ゲームで遊ぶってことを入り口とした、共感を育成する人材育成ツールだ。
一方、武士道や修身、体育教育は目的は人を殺すこと。命のやりとりをすることだ。修身、体育というのは、富国強兵の教育システムなので、いかに戦争で勝つか、その人材育成だ。

五輪書には、構えだなんだという流派なんて後手に回るだけだから、先手を打って殺せば良いという方法が論理的に書かれている。
この、論理性が宮本武蔵の当時としては特異的な資質だったのだろう。ある意味、殺すという目的のためには手段を選ばない。
命のやりとりがかかった真剣勝負のための精神であり、練習や待ったは通用しない。負けたら終わりだ。

一方、スポーツというのはあくまでも、ルールで選手の安全は守られているので、ルールを尊重する人の方が尊重される存在である。真剣勝負で負けても命を取られることはない。もう一度復活することも出来る。


そこで感じたのだが、昭和の経営者ってのは、どちらかと言えば武士道教育を口にする。松下幸之助は、経営者は要するに責任を取る人、部下が失敗したら命をかけてその責任を取る覚悟がある人と言っている。これは、明らかに武士道精神だ。

しかし、スポーツマンシップから言えば、そういった命のやりとりが、経営の話題には出て来ないだろう。


現代社会に必要なのはきっとスポーツマンだろうが、武士道精神を持つ経営者の凄みがあったから日本の高度経済成長があったのかなとも思う。


そう言う意味では私に武士道精神は皆無かもしれない。せめて、スポーツマンシップを持ちたいなと思う年初の気持ちでした。

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