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筋肉ドクターの気まぐれ日記

Killing Timeに日記を書き候
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01.19.22:18

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  • 01/19/22:18

10.24.11:53

炎症

医学における疾病分類で、炎症、腫瘍、循環障害、代謝障害・・・などと分類される炎症だが、特に最近この疾病分類に炎症が入っていることに違和感を感じる。

炎症にも原因があり、感染・外傷や膠原病・自己免疫疾患、そして変性疾患・廃用から来るものなど、そちらを疾病として分類すべきではないかと。

なぜなら、医学では炎症は免疫反応のことで、病気を治す過程に必ず必要なもので、病気の本態ではない。

他の腫瘍や循環障害、代謝障害などはそれ自体が病的なもので疾病分類されるべきものだ。
そういう疾患では、腫瘍を切除したり循環や代謝動態を改善することが治療となるのは納得できる。

しかし、炎症を疾病と考えて、抗炎症剤を使うことなど、自己免疫疾患ならまだしも、それ以外に使用することは、免疫反応を妨害するということなので、筋違いなのは明白だ。

これは疾病分類に炎症と分類し、それが常識化してしまったがために、医師ですら炎症は悪いものでそれを無くさなければといった間違った連想が出来上がってしまっているのではないかと感じる。
これは明らかに認知の歪みだと思うし、原因は疾病分類に炎症と記載してしまっていることによるんじゃないだろうか?

もちろん医学を学んだこともない素人が、疾病分類に炎症と書いてあるから、炎症が免疫反応とも知らず、悪いものと考えるのも仕方がないことだ。

やはり疾病分類から炎症は削除すべきだな。
困るのは消炎鎮痛剤と痛み止めを販売している製薬会社くらいだろう。
変えれないとしたら、製薬会社の利権のため?

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10.18.22:34

プレゼン技術

思い立ってからかれこれ数年セミナー活動を行なってきましたが、以前からストロング社長には話し方講座とか行ってみては?と提案されていた。

今までも何冊かプレゼン技術の本は読んでいたのですが、最近読んだプレゼン技術の本に今まで私のやってきたプレゼンは最低の部類だと書いてあった。
演者がやりやすいだけで、聴く側は分かりにくい講演だったようだ。だからだなストロング社長!!

で、そうかと思い立った。
日曜日のセミナーは今までのスタイルと変えます。パワポほとんど使いません。カンペ使います(プレゼン技術的にはアウトみたいですが、予行演習しないのから不安のため)。

そして、何かと3箇条、3項目など3がプレゼンには良いらしいので、次回のダイエットはまだそこまで考えが及びませんが、考えました筋トレの3箇条。

2つは今まで言っていたがと考えて・・・3箇条分かりました。これからそれでキストレ押すことにしました。

来週、11月、12月の依頼された講演はそれで行きます。パワポほぼ出しません。多分。

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10.15.09:51

筋トレは普通の人にできない

時々言われます。

じゃあ、どんな異常な人にできることだと思っているのでしょうか?

だいたいこういう発言をする人は両極端です。
自分はトレーニングを続けてハードな生活をしているが、自分は特別凄いトレーニングができる人間なので、普通の人にはできないというタイプか、トレーニングやったことないが、一回やってみてしんどくて自分はやりたくないから自分のような普通の人にはできないというタイプかです。

しかし、自分は特別ハードなトレーニングできると思っている人はそんなに特別異常な人間だったのでしょうか?
自分は筋肉痛が嫌だと一回で心が折れた人は多くの人が筋トレできているのに普通の人間なんでしょうか?

だいたい何でも初めはストレス学説通り、警告反応期、やり始めはしんどいもんです。続ければそれほど苦にもならなくなるもんです。

で、やるうちにやれる強度が上がっていき、トレーニングしていない人に比べたらとんでもない強度を発揮できるようになった人は、別に特別だったわけじゃなくて、最初は普通の人だけど頑張って継続しているうちに普通じゃない感じに体が適応しただけの普通の人間だと思いますね。

筋トレは普通の人にできないと言っている人は、結局間違った認識だと私は思います。最近間違えた認識のことを心が病んでいると言うんだろうなと思っている私には、普通の人に筋トレができないと思っている人は心が病んでいるとちょっと心の中で思ってしまいます。

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10.11.01:39

逃走

うちに子供がお祭りで取ってきた蟹が新しいお友達としてやってきた。
しかし、前からいる亀もそうだが、期を見ては逃げようとする。

たいがい人間に飼われる(捕らえられた)動物は逃げようとするもんだ。犬なんか逃げない珍しい動物だろう。

しかし、水質も水換えしてそこそこ良好だろうし、食欲も餌をたっぷり与えられて申し分ない状態だろう。
じゃあ何で逃げるのか?

最近読んだ選択の科学という本には、自己選択権を動物も欲しがり、選択権を奪われると早死にするとか書いてあった。

でも、野生の亀や蟹が自己選択権を求めて行動しているとは思えないし、そんな高尚なこと蟹が考えるだろうか?。
やはり、足りない何かが自然にはあるんだろうなと思う。

人間の偏見で、野性動物は食うか食われるかの世界で、常に餌を探しているといったおかしな話がよく聞かれる。

その辺にいる鳩や雀なんて、常に獲物を探しているか捕食者から逃れようとしているだろうか?

なんか編隊組んで飛んでみたり、電線に停まってみたり。どう見ても食うか食われるかじゃない。
人間に飼われるとそういう遊びのような時間が奪われて、それを欲して逃げようとしているんじゃないだろうかと。

犬はきっと人間といても、その遊びのような時間が担保されているから逃げないんじゃないかな?
きっと、餌が十分に貰えるから逃げないんじゃないと思うな。

人間もやりたいことに集中していると寝食を忘れると言うじゃないですか。
それは仕事だったり勉強だったりスポーツだったりするかもしれませんが、やりたいことに集中しているということは、大きな意味で遊びでしょう。

飼われている動物が逃げようとするのは、やはり自然にある何がしかの遊びを求めてるんじゃないだろうか?

人間も遊びのない生活すると逃避したくなるでしょう。さもなくば鬱にでもなるのかな?

やはり、そう思うと人生遊びだなと。
逃げようとしている蟹をボーッと見ていて思いました。深い?

ということで、人生遊びましょう。
きっとそれがこの世を楽しむ秘訣かも。
衣食住を満たすことじゃないよ、人生は。

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10.09.13:02

現代人

宮崎駿さんと養老孟司さんの対談本を読んだのですが、面白い考えが書いてあった。

昔の人は大自然を横に感じながら生活していたので、考える基準が諸行無常な思い通りにならない大自然であったのが、現代人は人間間の関係だけで生きているので、何でも人が原因だと考えるらしい。

また、昔の人は自分自身も諸行無常なのを知っていて、変わる自分を考慮しつつも約束をしていたので約束を守ったが、現代人は約束した時から自分が変わって約束を守りにくいのに、周りの人や状況が変わったと約束を破るらしい。

変わらない一貫性のある自分という幻想と、変わった状況、他人のせいにして約束を破る現代人。

これって現代人だったんだと、へーって思った。
周りにいますか?

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09.30.23:07

フィトンチッド

こびと劇場3を子供に付き合って観に行って、イヤシミドリバネってこびとがフィトンチッドっていう森の癒やし物質を羽から出すって言っていて、こびとづかん自体がフィクションだし、フィトンチッドもフィクションかと思って調べたら、フィトンチッドウィキに載ってるんですね。

ほんまかな?

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09.30.01:43

「これで最後のシンプル・ダイエット」セミナー開催!!

日時:10月20日(日)14:00~16:00
場所:アイアンクリニック・リハビリセンター
参加費:3,000円
申し込み方法:ironclinic@yahoo.co.jpへメールでお願い致します。

私の考えるKIS原則に基づいた食事法セミナーです。
これで私はボディビルコンテストに出ることになりました。



前回の食事セミナーに続いて、KIS原則で考えると食事はどうなるのか?という話をします。
正しい食事法とは?と混乱している方は是非ご参加下さい。

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09.28.15:20

講演依頼

講演活動など続けてきて、単純な筋トレ話しかしませんが、こんなこと頼まれたりするようになってきました。
有り難いことです。

皆様も気楽に御依頼ください。


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09.25.19:32

雑草という草はない

昭和天皇が留守中に、お住まいの庭の草を刈った侍従の入江相政に天皇は尋ねられた。
「どうして草を刈ったのかね?」
入江は、ほめられると思って、
「雑草が生い茂って参りましたので、一部お刈りしました。」
と答えた。すると天皇は、
「雑草という草はない。どんな植物でもみな名前があって、それぞれ自分の好きな場所で生を営んでいる。人間の一方的な考え方で、これを雑草として決め付けてしまうのはいけない。注意するように。」
と諭された。
                           (入江相政「宮中侍従物語」)



雑草ドクターとしましては、昭和天皇の有り難いお言葉であります。

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09.24.03:03

大人になる

私は自分では昔から何も変わっていない気もしますが、変わった気もします。
変わったところと変わってないところが混在しています。

しかし、自意識で自分は大人になったなあとあんまり実感したことがありませんでした。

自信の欠如のためかもしれませんが、別に子どもの頃からの感覚で今もいる部分が沢山あります。

ただ、最近は白髪も増え始め、子どもからもおっちゃんと呼ばれるようになって、おっちゃんやなと思うわけですが、大人かと言われるとまだまだ実感がそれほど無かったです。

確かに自分の子が生まれた時には、父親になってしまったという強烈な実感はありましたが、それで完全に自立した大人と思うよりも、早く大人にならなければという焦りのようなものが初めて生じたのは確かです。

しかし、最近自分の決断、決定一つが世の中に影響を与えるんだなと実感するようになり、これが大人かなと思うことがあります。これって責任感とか難しいことはさて置き、結構楽しい気がします。

多少なりとも自分の成長を意識して今まで生きてきたのが功を奏しているのかもしれません。そんな努力家ではないですが。

こういう感覚が持てない以前の私のような大人って、大人が楽しくないんだと思いますね。
でも最近、大人ってもしかしたらかなり楽しいぞと子供に言える大人になったかな?と思わなくもなくなりました。

みんなどんな感じなんだろう?
今更なん?君は?って思われるのかな?
でも、自分の子供がいない人には分からない感覚なような気がするな。

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