11.25.06:33 [PR] |
05.28.10:19 立志 |
酒井雄哉大阿闍梨は40歳で得度する時に、それまで何となく生きてきたのが、志を持つ生き方というのに変わったそうだ。
毎日、大阪の家でおばさんにプラプラしてと小言を言われるのが嫌で、時々連れて行かれていた比叡山の延暦寺まで歩いていったのが始まりだそうだ。
私の場合いつだろうと考えると、大学7年目に、これはもう医療の世界で生きていくしかないだろうと諦めた日かもしれない。
何となく流れて生きてきてたのが、いよいよ大学の7年目にもなって、しかも2浪もしてるし、ここから違う世界に逃げるような何かも自分に無いぞとなった時に、ある意味覚悟を決めたのが志の始まりかもしれない。
私のセミナーで志を持つ生き方が重要だと言ってますが、結局、志を持つってのはそんな高尚なものではなくて、逃げ場を失い選択肢が無くなった時なのかもしれないなと思いましたね。
自分探しなどと言っているような志を持てない人は、選択肢が多過ぎるか、他の選択肢を諦められない人ではないかと。
毎日、大阪の家でおばさんにプラプラしてと小言を言われるのが嫌で、時々連れて行かれていた比叡山の延暦寺まで歩いていったのが始まりだそうだ。
私の場合いつだろうと考えると、大学7年目に、これはもう医療の世界で生きていくしかないだろうと諦めた日かもしれない。
何となく流れて生きてきてたのが、いよいよ大学の7年目にもなって、しかも2浪もしてるし、ここから違う世界に逃げるような何かも自分に無いぞとなった時に、ある意味覚悟を決めたのが志の始まりかもしれない。
私のセミナーで志を持つ生き方が重要だと言ってますが、結局、志を持つってのはそんな高尚なものではなくて、逃げ場を失い選択肢が無くなった時なのかもしれないなと思いましたね。
自分探しなどと言っているような志を持てない人は、選択肢が多過ぎるか、他の選択肢を諦められない人ではないかと。
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